邂逅(かいこう) 本文へジャンプ
  著 御厨 まさと

〜生きる気力を失った男と、生きることができなかった男の話〜

 序章

私が彼、太田三雄氏と初めて会ったのは、今から約3ヶ月前にさかのぼる。ある暑い夏の日の午後だった。彼はその日、入院先の病院から私が勤める施設へ転居するため、私が病院へ出迎えに行ったのである。

彼はまだ57歳であるが、余命が1年程であることは、家族から事前に知らされていた。骨髄異形性症候群という血液のがんで、治る見込みはないという事を、彼自身も知っていた。そして彼は、二十歳の時に、不慮の事故で全盲となっている。
私が勤める施設は老人ホームであるが、高齢者のみでなく、いわゆる生活弱者も入居対象にしている。なので、まだ50代の彼もうちに来ることになったのだ。
 
「がんで余命わずか? おまけに全盲? はたしてうちの施設で満足な対応ができるのだろうか?」

おそらく、私を含めた全職員がそう思ったことだろう。しかし、力不足ではあっても、少しでも彼の最期をいい形で終わらせてあげたい、それがみんなの共通する思いであったのも事実である。そしてその日から、彼の生活をサポートする日々が始まった。


 彼は目が見えないので、館内を歩く時でもいつも職員が隣で歩行介助をしていた。数日後私が、隣を歩く彼に
「今一番したいことって何ですか?」
と質問したら、少し考えて
「海に行ってみたいです。10代の頃に行ったきりだから」
と言った。そしてしばらく間をおいて、私に聞こえるか聞こえないかの声で
「でも本当は僕、本を書いてみたいんです」とつぶやいた。
「えっ?」と、聞き返した私に彼は
「僕は小学校の時からずっと、ひどいいじめにあってきました。学校を卒業してからも、二十歳で失明して、職もなくし、その中で親の介護もあって、何ひとつ、僕の人生いいことはありませんでした。そして僕の命も、もうは長くはない。いったい自分の人生ってなんだったんだろう。生まれてきた意味があるのだろうかって思うと、悔しくて悔しくて…。
今年になって病気が発覚し、自分はもうすぐ死ぬんだってことがわかった時、今までの人生を振り返ってみました。そしたら、思い出すのは、やっぱり小学校時代に受けたいじめのことばかりなんです。今でも、いじめで自殺した人のニュースとか聞くと、胸が張り裂ける思いがします。僕自身はもう長く生きられないけど、僕のこの思いを本にして、一人でも自殺を食い止めることができたらなって、ふと思ったんです。でも、文章なんて書いたこともないし、目も見えない自分には無理な話なんですけどね」
と彼は少し照れた笑いを浮かべた。そして彼の言葉を聞いた私は、瞬間的に
「その夢ふたつとも叶えましょうよ」
と彼に言ったのである。それは自分でも不思議なことだが、ごく自然に、叶えられそうな気がしたから…。
 しかし次の瞬間、私はハッと我に返った。
彼は、自分の死期が目前に迫っていることを知っている。本を作るという行為によって、もしかしたら体に負担がかかって、その時が早まるかもしれない。私はちょっと間をおいて彼に言った。
「私は以前、趣味で自費出版をした経験があります。素人作業ですが、文章の構成や編集なんかも、少しは自信があります。私に、本にしたい内容を話してくれれば、口述筆記して、本という形にすることはできると思います。でも、本を一冊作るって、ものすごい労力を必要としますよ」
次の瞬間、彼の顔色がサッと変わったのを、私は見逃さなかった。そして
「どうせ僕はもうすぐ死ぬんです。それが少しくらい早くなっても構わない。僕の人生、
辛いことばかりだったけど、それでも生まれてきて本当に良かったと思っているし、できればまだ死にたくない。でも、生きることが叶わないのなら、死ぬ必要がない命を、ひとつでも救ってあげたい。それができたら、僕の人生は素晴らしいものだったと、胸を張って言えると思うんです。でも、僕は目が見えないから一人では書けません。どうか僕の夢に、協力してもらえませんか?」
彼は、それまでとは別人みたいな口調で、力強く、ひとことひとことを噛み締めるように私に訴えた。私は、彼の並々ならぬ決意と意志の固さを感じて
「わかりました。やりましょう。その代わり、やるからには素晴らしい内容にしましょうね」
と、彼に答えたのである。

次の日から、私と彼の二人三脚の作業が始まった。まずは、彼の人生を知る必要がある、そう思った私は、彼が生まれてから57年間の人生を、振り返ってもらうことから始めた。生い立ちから、いじめを受けていた小中学生の頃、いじめから解放されて、就職をした頃、そして、20歳の時に彼を襲った、失明という悲劇。その後も、失明を乗り越えて、マッサージ師の学校へ行き、再就職をした事、そして挫折、親の介護、両親との死別、そして、今年になって突然襲った、不治の病の話…。
 彼は、病気のせいで弱々しい口調ながらも、
しっかりと一つ一つの出来事を、噛み締めるように私に話してくれた。そしてその話を一言一句漏らすまいと、私は必死にパソコン上に記録していったのである。