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著　いわお　まゆみ


※ ボンダイビーチ
シドニーは、豊富な魚介類が多く港町として栄えた。郊外にはマンリービーチ、パームビーチなど絶景スポットが並ぶ。その中でも一番観光客が多く訪れるのがボンダイビーチだ。クラスメイトの中には、このボンダイにアパートを借り、海岸での暮らしを満喫している人もいた。週末にはサーファー達で海はいっぱいになるのだ。
私がシドニーに到着する前に、みんなは学校からボンダイへ小旅行をしたらしく、全員がここの砂浜は砂糖のようで面白いと話していた。噂を聞きながら私も是非、一度は行ってみたいと思っていたが一人ではちょっと躊躇していた。そんな折、偶然訪れるチャンスが舞い込んだのだ！
「自分の知り合いに、リッキーっていう人がいるんだけど ボンダイに住んでいるんだ。遊びに行ってみない？」 そういったのは、インサンだった。
インサンとは学校で知り合って二ヶ月が過ぎようとしていた。それは12月の初めのころだった。
二人で何処かへ出かけるのは、リスニングの勉強のために映画館へ出かけてから二度目のことだった。
今回は、クラスメイトのステラたちが知らない友人宅へ遊びに行くのだから誘わなくてもいいとインサンは一人で勝手に決めてしまい、タウンホール駅で待ち合わせ電車に乗った。
ボンダイジャンクション駅で降りると、そこは思ったより賑やかな町だった。
日本人の多さにまず驚いたが、日本語表記のお店があることに、もっと驚いた。
聞くところによると、日本人のワーキングホリデーや学生が好んで住む町のひとつが、このボンダイだという。 さながら日本人町といった雰囲気だ。
耳に届く言葉も日本語が多い。
ここなら英語をたいして使わず日常生活を送れそうだなーなんて思ってしまったほどだ。
しばらくインサンと町の中を散策した。そんな時、不意に英語でインサンに声をかけた日本人の男女３人がいた。
「あれ？ インサン！」
何処で知り合ったかは知らないが、とにかく知り合いらしい。
私は見かけたことがないのだから多分同じ学校ではない。
時々、インサンの知り合いの多さに仰天することがあった。
いまどきの若者風なカジュアルでラフな感じの男の子が私を見て言った。
「インサンの彼女？」
「……」
インサンは私をちらっと見ながら口ごもっている。
「えっ？ 日本人？（Japanese?）」と私に聞くので、ちょっと意地悪して英語でノーと答えてみた。
実はこの頃には強い紫外線で、すでに日焼けしていた私は、日本人に見られることが余り無かった。香港か台湾、どうかするとチャイニーズフィリピナだとか、インドネシア人か？ とか、色々な事を言われたものだ。
私が日本人ではないと信じ安心したのか三人の日本人達は、日本語で冗談を言い合った。
極めつけは、これ！
「よっ！ インサン！ 色男！」
こういうと、茶バツの日本男児はインサンの肩をポン！
他の日本人の二人は、お腹を抱えて笑いだしたが、インサンには訳が分からない。
意味を教えてくれと哀願するかのような表情を私に向けた。
「あっ！ 彼女、笑っているよ！ え〜 もしかして、日本人なんじゃない？」
“あっ、しまった！”と思ったが、これは笑わずにはいられなかったわよね。
色男だなんて、ちょっと古風な言葉が英語圏にいるとかえって面白く響く。
「カラーマンなんだってよ！ 俗に言う女好き？」
私が直訳して答えると、インサンは益々怪訝そうな顔をした。
「カラーマン？」
せわしない日本の日常から飛び出した数多くの若者たち。
ぎらぎらと真夏の太陽がきらめく南半球の空に、かん高い笑い声が響いていく。
もしかして、笑い声にも色があるかも？
真昼に照りつけるオレンジ色の太陽と、深い藍色。ボンダイの海の色。
それがきっと、あの日、私達が心で感じた色ね！
よっ！ 色男！
そんなカラーに染まった貴方と、あの日、あの海を眺める事ができて良かったです。
※ ボンダイビーチの白い砂浜
ボンダイジャンクションからローカルバスに乗り込んだ。その終点がボンダイビーチらしい。アップダウンがある坂を下ると目の前に藍色の海が広がる。これが噂のボンダイビーチだ！ 緑色の芝生のじゅうたんを下っていくと、そこは真っ白な砂浜のビーチ。
「はだしになろう！」
インサンは早速、靴を脱ぎ始めた。
「砂が入るよ。はだしになった方がいい」
「うん。分かった！」
童心に戻ったように、浮き足立った。そっと白砂糖のような砂浜に片足を乗せてみる。するとさらっとした感触が気持ちよい。砂は深く、ずぼっと片足が沈んだ。
”ほんとだ お砂糖みたい”
もう片方も素足になり、ずぼっ、ずぼっ、と足跡をつけて行く。一歩、また一歩と進む。一歩を踏み出すと、なんと足首まで砂の奥に沈んでしまうなんて、生まれてはじめての経験だった。
『お砂糖みたいな砂浜』と言っていたステラたちの言葉通りね。
灰色でじめっとした日本の砂浜とは全くの別物のよう。 その後、波際で波と戯れる幼児と犬を見て、私も海の中へ入ってみた。まだ初夏で、もちろん水着も何も持っていなかった。ジーンズの裾をまくり、膝まで波がザブン！
サー！ と波が一旦、引いたかと思うと、再び押し寄せてくる。
「Run! Run! 走れ！ 走れ！」と、インサンは笑いながら叫んだ。ビーチなんて、小学生の海水浴以来だ。こんな風に、この年齢になって波と戯れることがあるなんて。それが、こんなに楽しいなんて。何だか不思議な気がしていた。
その時だった「あっ！」これまでに無い大波に背後から突如襲われ太ももの辺りまでずぶ濡れになり、波の強い勢いに押されよろめいた。それまでの、ちょっと可愛らしい？「キャーキャー」という叫び声は、突然「ギャー!!」としっぽを踏まれた猫のようになり、当然インサンの笑いを誘った。
「ハハハハッ！ 行こう！ 向こうに座って、まずは乾かそう。陽射しが強いし、空気が乾燥しているから大丈夫、すぐに乾くよ。それからリッキーのアパートで、ちょっと休ませてもらおう」
「うん」
その後、何度も二人で訪れる事になるボンダイビーチだった。元来た道を戻っていくと、どれが自分達の足跡だか分からなくなっていた。ぼこっぼこっと沈んだり、盛り上がったりした砂浜。毎日、幾人もの足跡が付いては消える。この先、一緒に同じ方向を向いた道（人生）を歩んでいく足跡は、この無数の足跡の内、何組くらいあるんだろうか？ 日本から来た新婚さんカップルを横目に見ながら、ふとそんな事を考えてみた。

つづく