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ご注文

 

著   裕次郎

相変わらず一人でお弁当を食べている。
頭の後ろからコソコソと、融通が利かない、真面目、そんな言葉が聞こえてくるような気がした。
真面目なんて言葉は最早、悪口だろう。損得を考える力がなければ生きていくことは出来ないのだから……なんて考えているうちに学校は終わっていた。
午後も授業があったし、ちゃんと出席したのだが、最後のチャイムが鳴るまでの間のことは覚えていなかった。
最近は授業が終わると一目散に教室を出ることにしていた。呆れている私にとって、今のこの状況が、悲しいとか、苦しい、とかでは決してないのだが、こんなくだらない場所からは早く出て行きたいという気持ちは常にあったのだ。
一人で帰る道すがら、特に放課後の予定もない私は家でテレビを見ながら食べるお菓子を買うためにコンビニに立ち寄った。
誰よりも早くに学校を後にするのに、あまり早く家に帰りたくないなんて多少の矛盾を感じてしまうが、当然のような気もする。
つまり、この時間帯の何処にも私には居場所がないのだ。
適当にお菓子を見繕い、どうせ明日も同じような行動をするのだろうと、その分のお菓子も手に取った。カロリーのなるべく低いスナック菓子を選ぶ往生際の悪さに性格が良く出ていると思う。しかも、ついでに小腹が減っていたので、おにぎりまで買ってしまう始末。
会計を済ませたが、急ぐ理由もないので雑誌コーナーを物色することにした。
少女漫画や、ファッション雑誌をパラパラと捲る。そして、それを棚に戻したとき、ある一冊の雑誌に目が留まった。
ジェット機の全て
……私は最早、ごく普通の女子中学生ではないのかもしれない。学校では無視をされ、心臓の形をジェット機だと思い、あまつさえ、親父かオタクしか興味のないような雑誌に目を奪われる。
そして結局、誘惑に勝てず、それを手に取りパラパラと捲り始めてしまった。雑誌の中のジェット機はまるで空にふわふわと浮かんでいるようだった。米軍基地がある街に住む私からしたら、飛行機は轟音を立てて飛ぶものなので、その優雅さがしっくりこなかった。
そういえば私は今まで飛行機に乗ったことがなかった。
海外旅行なんて行ったことはなかったし、親戚は遠くても電車で一時間半もあれば着くような場所に住んでいたので、乗る機会が一切なかったのだ。心臓ジェットが飛ばないのはそれが原因なのかもしれない……。
そのとき、心臓ジェットの色を決め、そして飛ばすことさえ出来れば何もかもが上手く行くような気がしてきた。なにしろ、そうすれば当面の一番の悩みが解決するわけだし、絵だって何枚も完成するのだ。しかし、そのために何が足りないのかがさっぱりわからなかった。
色はともかく、部品は全て揃っているのだ。心臓がどう飛ぶのかは置いておいても、エンジンくらいは掛かっても良いと思うのだけど……。
私は複雑な表情でコンビニを後にした。そして、憂鬱な顔で、何が足りないのだろうか?なんてことを考えながら歩き出した。
途中、あまりにも天気が良かったので立ち止まり、空を見上げてみた。
こんな青空に私の心臓ジェットを浮かべてみたいと心底思った。
空からこの街を見下ろせば、何もかもがちっぽけなものに見えるだろう。
そのとき、視界の端に基地へ帰る戦闘機が映った。遅れて轟音に気づく。人間の耳の構造のせいなのだろうか? 普段は気にもならないのに、いつも意識したときだけ、ゴー、と、キー、を足したような轟音が聞こえ、その後、空一杯に広がっていく。
私はそのジェット機をよく観察してみた。そして、そのジェット機に便乗するような形で、その横を併走する心臓ジェットをイメージすれば飛ぶのではないか? と希望的観測を込めて考えてみた。
道の真ん中であるということに多少気が引けたが、この機を逃すわけにはいかないと、私は先日の要領で目を閉じて操縦桿を握った。
そして、キーを挿し、捻る。……しかし、やはりうんともすんとも言わない。前回同様に落胆しているだけではいけない、と、私は原因を探るため計器類を観察してみた。 すると原因が判明した。燃料メーターがゼロになっていたのだ。……しかし、燃料とは、いったいなんなのだろうか? さっぱりわからな――痛っ!
目を閉じて歩いていた私は何かにぶつかりその勢いで転んでしまった。
目を閉じて歩くのは危険だ≠ニ幼稚園児でも知っているようなことに今更気づいた。
目を開け、前を見ると人が倒れていた。私がぶつかって倒してしまったのだろう。
私はすぐに立ち上がったのだが、相手はまだ倒れている。
「すいません。大丈夫ですか?」
……返事はなかった。近づいて、その人の様子を見てみる。
少し大きめの白いTシャツとピタッとしたブラックデニム。長い髪の毛をボサボサにした、線の細い男だった。
多分、年は私基準でおじさんとお兄さんの中間くらい。どちらかというとおじさんだろうか?
恐る恐るその男の口元に手をかざしてみた。息があるかどうかの確認だ。嬉しいことに息をしていた。一瞬だけ死んでしまったのではないか?≠ネんて思ってしまったので本当に安心した。
しかし、反応がないことには変わりはない。
なので、今度は声をかけながら体を揺すってみた。……反応はない。
もう一度だけ声をかけてみて、それでも返事がないようならば救急車を呼ぶことも考えよう、そう決めて、大きな声で「あの!」と、声をかけた瞬間だった。
電気ショックでも受けたかのように私の体はビクッと反応してしまった。急に腕を掴まれたのだ。
男は上半身をほんの数センチ浮かせ、腕を掴んだまま、私に顔を近づけてきた。そして、目をガッと見開き、パクパクと口を動かしている。
何かを私に伝えているようだ。
男は無駄な贅肉が顔に付いていないせいか、どこか爬虫類のような印象を受ける顔だった。
正直怖くて仕方なかったし、この間の下駄箱の前での件もあったので、また酷い目に合うかもしれないと思い、逃げ出したくてしょうがなかったが、がっちり腕を掴まれているのでそれも叶わなかった。
相変わらず男の口はパクパクと動いているだけだ。
「な、なんですか?」
恐らく私の声は震えているだろう。
「は、は……」
掠れた声だったが、ようやく男の声が聞き取れるようになってきた。
「……は……腹減った」
まるで地響きのような迫力のあるぐぅ〜≠ニいう音が辺り一帯に響いた。