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著 かがい みえこ


ヒナ鳥誕生とクレソンの使命

「今夜はこれから、わたしらの歓迎会があるらしいですぜ、だんな」

「ほっほう。どんな歓迎をしてくれるのかな? パッパラ踊りはごめんだよ」

博士は思い出しただけでも鼻がむずむずしてくるのです。

「きっとだいじょうぶでやす。とても大切な儀式があるらしいですぜ」

「儀式だって? めずらしいな、楽しみだ」

博士は、ほんとは早くシナモンモン鳥の卵が見たかったのですが、シナモンモン鳥がじっと卵をだいていて離れないので、チャンスがありません。ここはあせらずに待つしかなさそうでした。スパイス島には、しばらく滞在するつもりなのです。

ジンジャーはクレソンに、シナモンモン鳥の大好物のマンゴーの与え方を教えていました。言葉が通じなくても身ぶりや表情で不思議と気持ちが通じます。あいての目を見て話すと、知らない言葉も少しはわかることを、二人は感じていました。

トムトムトム トムトムトム・・・

広場でタイコが鳴り始めました。何かが始まる合図です。きれいな布や、白や黄色の羽根飾りをつけたコショウ族の人たちが集まり始めました。女の人たちは手にかごをさげています。

人々はシナモンモン鳥を囲むように集まり、博士たちは、真ん中の木のイスに座るようにすすめられました。

ピーッ、トゥルルルル

だれかの指笛があたりの空気を切るように響くと、みなしーんと静かになりました。

何が始まるのでしょう? 博士は平気なふりをしていましたが、ほんとうはドキドキしていたのです。相手は大勢です。もしものときは小さなクレソンを守らなくてはと思い、隣に座っているクレソンの手をにぎりました。クレソンも、少し汗ばんだ手でしがみつくようににぎりかえしました。ガイドは肩に力が入るのか、肩をいからせて固くなっていました。

すると、卵をだいていたシナモンモン鳥が立ち上がったのです。そして、ゆっくりとその場を離れました。

「ホーッ」

周囲で深いためいきのような、静かな声がもれてきました。

「美しい卵じゃないか!」

博士はうっとりとさけびました。

それは、まるで虹色とでもいうのでしょうか。薄い紫、赤、青、ピンク、黄色、緑、オレンジ、淡い7色の帯がぐるぐると曲線を描いています。博士が今まで見た卵の中で一番きれいな卵です。まるで飾り物のようではありませんか。大きさもダチョウの卵くらいに大きかったのです。博士はさっそく写真にとりました。

コショウ族の人々も目をみひらいて、卵を見つめました。口をポカンとあけたままの人もたくさんいましたが。

そして、もっと驚いたことに、卵がモゾモゾと動いているではありませんか!

「割れるぞ! クレソン、ヒナが出てくるぞ!」

「ほんとだね! ほらほら、殻にひびが入ったよ! あっ、割れた!」

クレソンはバンザイをしました。

「オー!」

みんなの喜びの声といっしょに、小さなくちばしをきように動かしながら、ひな鳥が殻から出てきたのです。

「オレンジ色だよ! 親鳥とは違う色だなー」

「かわいいですぜ。アヒルみたいでさー」

「目もオレンジだね、博士」

「うん、こりゃー、めずらしい!」

博士たちも、酋長もジンジャーもみんなヒナ鳥をみて、とろけたチョコレートのような顔をしています。

「誕生おめでとう!」

博士は、酋長やコショウ族のみんなに拍手をおくりました。ガイドがすぐに通訳をしてまわりました。

「ウトデメオ! 」

コショウ族の人たちも拍手をしたり、足を踏みならして、ダンスをしてよろこびました。

「ウーワオワオ ルーラルラルー」

やがて、のどを鳴らして歌がはじまり、女たちが手に提げていたかごから、色とりどりの花びらを出して、空に投げ上げたので、あたりは花びらの洪水になりました。とても良い香りがします。

「これがコショウ族のお祝いの儀式だな。パッパラ踊りより美しいなぁ」

博士がしきりに感心していると、ダンスがピタッと止まり、ジンジャーが広場の中央に一人の老婆を連れてきました。その老婆は、長い白髪にブーゲンビリアの花のかんむりをしていました。やせて小さな身体でしたが、信じられないほどよく通る声で、歌い始めたのです。

「ホーミー ホホホホー ミアアアア〜」

聞いていると、ふしぎな節がついて裏声になったりしながら、いっしんに歌っています。

長い歌で、人々はじっと聞き入っています。

酋長もジンジャーも両手を合わせ、まるで祈りをささげているような格好で聞いているのです。

「歌の意味が、わかるか?」

博士がそっとガイドにささやきました。ガイドは、目をとじて聞いていたのですが、だまったままうなずきました。

「これは、大変ですぜ・・・」

「どういうことなんだ?」

「まってくだせぇ、最後まで聞かないと。物語のようですぜ・・・」

博士は急に不安になってきました。なんだかいやな予感がします。みんなの目が、自分たちにそそがれているような感じがするのです。

「わしたちのことを、歌っているのか?」

がまんできずに博士が聞くと、

「一人でやす。クレソンぼっちゃんのことですぜ」

とガイドはそれだけ答えました。

「クレソンだって?」

すっとんきょうな声を上げると、博士は思わずクレソンを引き寄せて、肩を抱きしめました。

老婆の長い歌が終わり、いっしゅんの静けさのあと、まわりのコショウ族の人々がハーモニーで短く歌いました。まるで返事のようです。

ガイドはむずかしい顔をして、歌のようすを話してくれました。

「あの婆さんは予言者のようですぜ。なんでも、遠い北の国から、栗毛色の髪をして目の青い十歳の少年がやってくる。その子が来ると、待っていたようにシナモンモン鳥のひなが卵からかえる。ひなの守り人が来たからだ。青い目の少年が新しいシナモンモン鳥の守り人だと、島の精霊が教えてくれた。われわれはその子を待っていたと。そう歌っていたんでさぁ」

「何だって? クレソンが、シナモンモン鳥のヒナの守り人だっていうのか? そんなばかな!」

それは、博士たちにとって思いもよらないことでした。クレソンをどうしようというのだ? クレソンに何ができるというのだ?

あぶないことがなければいいのだが・・・ 博士は急に心配になってきたのです。

その予言者のような老婆は、歌い終わるとオレンジの羽根をつなげた首飾りをジンジャーに渡しました。 ジンジャーはそれを持って、クレソンの前に歩み寄ると、クレソンの首にかけたのです。するとコショウ族から、いっせいに拍手がおこりました。

クレソンは何がなんだかわからないようすで、首飾りを見つめたままぼんやりとしていました。

「かってにそんなことを決めるなと伝えてくれよ。わしではうまく話せないから」

困ってしまった博士は、ガイドから老婆にたのんでもらうことにしました。このままでは納得がいきません。ガイドは、老婆にいっしょうけんめいたのみました。

「メダメダ」

老婆は首を横にふるばかりです。そして、何か小声でガイドに話していました。ガイドは首をかしげながら、戻ってくるとこう告げたのです。

「これは、定めだと言っていますぜ」

「定め? つまり運命ということなのか?」

「こうも言っていますぜ。心配するな、守るのは一週間だけだ。それで十分だ。わざわいがやって来るが、あの子はそこから守ってくれる役目だと」

ガイドの話を聞いて、博士とクレソンはすっかり考え込んでしまいました。なんだかよくわからない話です。定めだとか、わざわいが来るとか、そこから守るのがクレソンの役目だなんて・・・

「一週間だけなら、ぼくやってみるよ」

クレソンは、思い直したように宣言しました。

オレンジの羽の首飾りがクレソンの細い首もとを、りりしく変えていました。まるでクレソンが、何かの魔法にかかってしまったかのように博士には見えました。

「だいじょうぶかな・・・よし、それならわしがクレソンの守り人になればいいんだ」

博士の心を見抜いたように、老婆は博士を見つめると、深くうなずき返したのです。