戻る

ご注文



著 いわお まゆみ




 翌日は、ローテーションで岸辺と同じ午後からの出勤になった。着替えを済ませ、階段を降りようとしていた、その時だった。
 見知らぬ男性が鈴子の前を横切ったのだ。その胸には、社員バッジが付けられていて名前は、花園≠ニ書いてあった。鈴子は岸辺と顔を見合わせて、
「今の人が、あの切れ者と言われているバイヤーの花園さんですか?」
 勿論、二人とも面識はなかった。でも、仕入れを一人でこなしているやり手だということは耳にしていた。鈴子はその時、大胆にも直接バイヤーに商品の事で話してみたいと思ったのだ。バックにつくと早速、店長に尋ねた。
「お疲れ様です。花園さんという方を先ほどお見かけしたのですが、あの方がバイヤーの花園さんなのですか?」
 すると店長は、
「ああ! 泣く子も黙る、花園さんだよ」
 店長は首をグルグルと回し、体操をしながら答えた。
「店長、花園バイヤーに商品の事でお聞きしたい事があるので、売り場でお会いしたいのですが?」
 鈴子はズケズケとそう言ってしまったのだ。すると店長は、さっとポケットから携帯電話を取り出した。
「もしもし、花園バイヤーですか? 実は乾物の担当者が2、3お聞きしたい事があるそうで…はい、6時までおりますので、1階に下りて来られたら声を掛けてください」
 店長は電話を切ると、鈴子の方へ向き直った。
「今から会議だそうです。後ほど紹介するから…」
『え! 私って、すごい? いやヒドイ? 上司を売り場まで来いと呼び出すなんて…』
 そう心で呟きながら、売り場へと急いだ。
 そして5時半。岸辺と豆腐の値引きをしていると、不意に店長が鈴子を呼ぶ声が聞こえた。
「鈴木さん!」
 振り向くと店長の真横に乾物のバイヤー、花園課長が立っていたのである。
「…」
 自分で呼びつけておいて、一瞬足が竦んでしまった。呼吸を整えてから、
「お疲れ様です。鈴木と申します。宜しくお願いいたします」
 頭を下げて、海苔売り場へ急いだ。その後、いくつかの質問をすると、優しくスラスラと答えてくれた。流石、やり手のバイヤーだと感心してしまった。
 すると花園バイヤーが、ポツンと呟いたのだ。
「いやー、これからが大変だよ。来年には、近くにあの巨大スーパー ミリオンが出店してくるし、皆で頑張らないと…」
 鈴子は思わず花園バイヤーの顔を覗き込み、店内中に聞こえるような大声をあげた。
「え! ミリオンが出店する〜」
 その大きな声を聞いて、口の前に人差し指を立てた。
「まだ、その事は口外しないで下さい」
 と、周囲を気にするように言った。
 鈴子は自分自身の声の大きさに、改めて呆れてしまった。しかしこれは一大事だ。バックへ戻った鈴子は、店長に詰め寄った。
「店長! ミリオンが出てくる事を知っていたのですか?」
「ああ! 知っていたよ。しかし、誰にも言うなと言われていたしね…」
 店長は困ったように頭を抱えてしまった。そこへ悪い事に、岸辺が戻ってきたのだった。