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著 かがい みえこ


 その時、繭子の服を後ろから誰かがつかんだ。繭子は思わず振り返ると、驚いて声をあげた。
「サチちゃん!」
 サチは繭子から離れてはなるまいと、必死でつかまっているようだった。不思議なことにサチの髪の毛は、まるで強い風の中を駆け抜けてきたようにボサボサになっていた。
「ハァハァ……」
 苦しそうに息を整えているサチを、芳江は不思議そうに眺めて繭子にそっと尋ねた。
「あの子はだぁれ? どうしてここにいるの?」
 芳江にはさっぱり訳が分からなかった。繭子が泣いていることも、もう一人いるはずのない女の子がいることも。
「あの子はサチちゃんっていうの。私の友達なんだけれど……」
 繭子はまさかサチが自分と一緒に、過去から未来へやって来られるとは思っていなかったので、半信半疑で苦しそうな表情のサチを見ていた。
「友達? 何だかどこかで見たような顔ね。この近所の子供さんかしら」
 芳江は、遠慮がちにサチを見つめた。
「近所じゃなくて、昔の時代から来た子なの…」
 繭子がボソボソと説明した。
「はぁ 何を言ってるの? 繭子、あなた少し変よ。いったいどうしたと言うの? 何があったの?」
 矢継ぎ早に芳江は質問を繰り返し、その答えを探そうとしていたのだ。
「……」
 芳江は泣き顔をした繭子と青ざめたサチを見比べていた。その時、フミおばさんが呼んでいる声がしたのだった。
「よっちゃん!どうしただい? そんな所で何を騒いでいるだいや―?」
「はーい、今行きます! とにかく茶の間に行こう」
 芳江は、繭子とサチを連れて行った。
 繭子はサチの様子がずっと気になっていた。サチがとうとう奥座敷から現代に来てしまったからだ。サチはどうするつもりなんだろう?*嚴qは、自分が過去に行った時よりもなぜかドキドキしていた。
「サチちゃん、ここが私のいる未来だよ。分かる?」
「……」
 サチは不思議だったのだろうか? 珍しそうにあたりをキョロキョロしながら黙って頷いた。
 茶の間で待っていたフミおばさんは、サチを見つけるとギクッとした顔になり立ち上がった。そして、間をおき、
「もしかして、もしかして、サチさんかい?」
 と、恐る恐る聞いてから慌てて首を横に振った。そんなはずはないと、自分自身に言い聞かせるように……
 サチは怪訝な顔で頷いた。
「えっ? フミおばさん、どうしてサチちゃんを知っているの?」
 繭子が驚いて言う。フミおばさんには繭子のその声が聞こえていない様子で、数十年前の記憶を辿るようにただ目を見開いてサチを眺めていた。
「サチって、まさか、私のお母さん?」
 芳江まで、血の気が引いた顔で妙なことを言うとサチを見た。
 繭子とサチは顔を見合わせ、答えようのない質問に首を傾げた。それは、まるで鏡を見ているようだった。
「幽霊なのかい?」
「座敷童子なの?」
 二人の質問に繭子は少しムッとして、
「二人とも何を言っているの? サチちゃんは昔の時代からここに来たのよ。この家の子だよ」
 と言いながら、困惑した顔のサチをかばうように腕を組んで寄り添った。
「それじゃあ、やっぱりあのサチさんなのかい? 昔の時代から来たって言うけど、わたしゃ、信じられないね。でも、本当にサチさんなのかい?」
 突然現れたサチに、答えを求めるようにフミおばさんは聞いた。
 繭子はその時、全てを話さなければならないと思った。そこで今まで奥座敷で体験したことを、フミおばさんと芳江に語り始めたのだ。
「……」