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著 けん あうる



 五月三一日 午前9時
 札友ストアの本社前に大型の高級輸入車が止まった。メルセデス・ベンツS65AMGIong フルスモークの窓ガラスからは、中を窺い知る事はまったくできない。ツインターボチャージャー付き6.0LV型12気筒エンジンが静かに動きを止めると、運転席側のドアが音もなく開いた。続いて助手席側が。中から厳つい男が二人降りてくる。
 彼らは立ち止まり一度本社ビルを見上げると、ゆっくり中に入りドアを開けた。まだ就業前だったが、正面にある総務部の若い女子社員が机の上を拭き掃除をしながら声を掛けた。
「いらっしゃいま…」
 途中で途切れた。彼女は口を開いたまま訪問してきた二人を見つめている。一人はスキンヘッド。そしてもう一人は長髪をオールバックにして後ろで束ね、二人とも仕立ての良いダブルのスーツを着こなしている。
 だが、どう見ても堅気な人間でない事は素人でも分かる。女子社員はその場に立ちすくんだ。だが、そんなことはお構いなしにオールバックの男は尋ねた。
「水産担当の役員はいらっしゃいますか?」
 声が低い。射抜くような眼で彼女を見ている。女子社員は右手に持った雑巾を思わず落としてしまった。
「ど…… どちら様でしょうか……?」
「こういう者です」
 オールバックの男は名刺を差し出した。そこには『NPO法人 不当表示監査委員会』と書かれていた。
「ご用件は?」
「昨日特売で売った毛ガニのことでお聞きしたい。毛ガニと言ってもメガニの事ですが…そう言ってもらった方が、話が早い」
 女子社員は名刺を両手で持ちながら、総務部長の所へ走った。総務部長は名刺を見て訪問者を確認すると、そのまま商品部長の所へ走る。
 だが、商品部長はメガニと言われても訳が分からず、結局二人は4階の役員室に居る皆川の所へ名刺を持って行った。皆川は名刺を見るなり、すぐに聞いた。
「本当にメガニって言っていたのかね」
「は、はい。そのようです」
 総務部長が答えた。
「二人を応接室に通してくれ」
 皆川はそう言うと机の引き出しからボイスレコーダーを取り出した。スイッチを入れると、そっと背広の内ポケットに忍ばせた。