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ご注文

 

離れられなくなっちゃう
著 Frank Yoshida


* ―― 離れられなくなっちゃう ――

その時、高井奈了は右眉がやたら痒くなって目が覚めた。寝ぼけ眼で天井を見ながら、ごしごしごしと何度も右目を擦った。
暫くして痒みはひいたが、その日は毎週2回の決められたゴミ出し曜日だったことに気付き、そそくさと浴室に飛び込んだ。サッと朝シャンを浴びて、仕事モードに切り替える。
それから透明のゴミ袋に入れたゴミを持って、一階に降りた。
降り切ったところでプーンと異臭が鼻につき、目の前の光景に、思わず腹の中で唸ってしまった。
――なんだ、こりゃ!
なんと、昇降階段左手の畳三畳ほどの狭い駐輪場に、てんこ盛りの人糞が垂れてあったのだ。そしてその周囲には、尻を拭いたとおぼしきちり紙が、あちこちに散らばっていた。
新聞配達ならぬ、朝一番のクソの配達? 持っていきようのない苛立ちが、高井奈の脳天を熱くしていった。
警察にクソの落し物なんて被害届けを出したところで、所詮笑い物になるだけだ。
瀟洒な三階建て賃貸マンションの二階に住む高井奈は、マンションと不似合いの汚物を黙って放置するわけにもいかず、仕方なく二階にかけ上がり、バケツに水をいっぱい入れて駐輪場に戻った。
ジャバー!
 勢いよく水をぶっかけ、『参った 参った……』と繰り返した。
 出勤前のクソ忙しいときの洒落にもならない大掃除。大きな溜息が漏れた。
そこに道路向かいのクリーニング屋の女店主が生ごみを持ってやってきた。彼女は旦那と中学生の娘との三人暮らしである。高井奈と彼女の共通点は、ごみの収集場所が同じだということと、年齢も四十前後と変わりないということだった。
「知りませんよね、誰か」と訊く高井奈に、「いや、知りません」と答えるスッピンの店長。お互い知り≠ノ力を入れて発音したように聞こえたのは錯覚だろうか?
高井奈のスーツとバケツのアンバランスな出で立ちに、彼女はもうかける言葉を失っていた。




ROYAL STRAIGHT CRASH!!
著   裕次郎


* ―― ROYAL STRAIGHT CRASH!! ――

当日。
 そんな考えのもとリーは立川駅のホームでりっちゃんを待っていた。
待ち合わせ時間は15時。リーは30分も前には着いていた。
 5分ほど過ぎた頃、りっちゃんはやってきた。当然妄想劇ではないから後ろからトントン背中を叩かれて、
「ごめん、待った?」
「待ってないよ」
 と言いつつも足元にはタバコの吸殻がたくさん、なんて絵になることはさすがになかった。そこにはちょっと小走りで走り寄ってくるりっちゃんがいただけだ。しかし、それで十分に満足なことだった。
 なにしろ、りっちゃんが目の前で立ち止まり、なんとも言えない微妙な距離を挟み、二人同時に照れくさそうに笑えたのだから。その事実だけでナンが3枚は食べられる。
「じゃ、いこっか?」
 なんて何でもない素振りを見せつけて、駅ビルに入っていく。本当はもう息切れがしてしまいそうなほどドキドキしていた。
「で、どうしたの?」
 こうやって歩きながらすぐに本題に移ってしまうところは、本当に経験のなさが露呈しているのだが、りっちゃんだってそこに気付くまでの気の回る女の子ではない。可愛いと言ってもまだまだ高校2年生の少女なんだから当たり前だろう。
「…えっとですね、この前、あまりにも電話が掛ってくるものだから、思わず出ちゃったんです。そしたらあの人、よりを戻したいって…、反省しているって…」
「そっかぁ、んでどう答えたの?」
 急に不安に駆られた。もしかして、よりがもう戻ってしまったのかい? そうなると自分の計画が水の泡になってしまう。…いや、この際、計画なんてどうでもよかった。りっちゃんの笑顔が見たい。それくらい、りっちゃんに惚れている事実に気が付いた。
「…何も言えなくて、そのまま電話切っちゃいました」