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著  伊藤 晴美



「モリオが小さかった頃、不安げに母を呼べば その小さな身体をギュッと抱きしめてくれていた。母の柔らかな胸の中で、きっと心が安らいでいたのね。でも成長するにつれ 母親の腕の中にはいられなくなった。
モリオには友達がいたけれど、本当の心を打ち明けられる人はいなかったの。
それから月日が流れ、モリオは15歳になったわ。

その年の秋に モリオは初めて恋をしたのよ。
モリオの胸は、その少女を想うたびに切なく締め付けられた…綺麗な子だったわ。
モリオを見つめる少女の瞳は、長いまつげに縁取られて湖のように深い色をしていた。
その透きとおる瞳が、モリオのすべてを受け入れてくれるような気がしていたの…
ある日モリオは、思い切って少女に心の中を打ち明けたのよ。
日暮れの公園で、ひんやりとしたベンチに 二人は並んで座り
右の肩先に少女の温もりを感じながら、モリオは告白したの。
でも彼の初恋は、そこで終わったわ…

その日から 時間だけがむなしく流れていった…
モリオは幼い時から、コンクリートで囲まれた街に違和感を感じていたのよ。
そこで暮らす人たちと、心を通わせるのに苦労をしていたわ。
この場所は何かがちがう…でもその何かが分からなかった。
それでモリオは、自分自身を見失ってしまったの。

ある夜 モリオは両親に短い手紙を書いた。
朝を迎えたわ。これまで何度も繰り返された いつもどおりの朝だった。
両親が仕事に出かけ一人残されたモリオは、ミルクがたっぷり入ったコーヒーを
飲み終えると、一晩かけてやっと書き上げた一行だけの手紙をテーブルの上に置き、
貯めていたお小遣いと、リンゴをひとつポケットに詰め込んで部屋の扉に鍵をかけたの。
にぎりしめた銀色に光る鍵の冷たさを感じながら…

その手紙には こう書かれていたわ…
僕の居場所を探しにいきます≠ニね」