本文へジャンプ
タイ東北物語

 \1,260(税込)

タイ東北物語(ロィクラトンの短い蝋燭)
                                      
         泰田 ゆうじ


プロローグ

タイ王国の首都バンコクの夜空一帯はどす黒い厚い雲に覆われ、絶え間なく青白い稲妻が走り雷鳴が街に轟く。
漆黒の天空から落ちる雨は、勢いをとどめることなく路面をたたき激しいしぶきを上げている。
クメール式の占星術や呪術は、悪いカルマ(人間の業)や罪を断ち、徳を増やし、黒魔術(サイヤサート・ダム)に打ち勝つという。
正調のクメール式占星術と呪術(サイヤサート)も操る高名な星占術師ニッタヤーは、不吉な予感を覚え、祭壇の前で祈祷を始めた。
祭壇にはヒンドゥー教の三大神、ブラフマー(創造の神)、ヴィシュヌ(維持の神)、シヴァ(破壊の神)の三大神が大きな石材に丸彫りされていて、その前にチャンドラ、アグニ、インドラ、ヤマ、クベーラ、ラフー、ケートゥ、ヴァーユ、スーリヤの九神の石像が並べられている。
呪文を唱える額に汗が浮かび、ニッタヤーは苦しげに眉を寄せた
その脳裏には、バンコクの天空で繰り広げられている死闘が浮かんでいる。
悪の象徴の巨大な黒龍の正面に紅龍、左右に青龍と黄龍が対峙しその動きを封じている。
黒龍の赤い目が動く。右の青く光る龍を睨んだ後、正面の美しい紅龍に目を移すと口元がだらしなく開き黒いタールのような涎をボタボタと落す。
左にいる黄金色の龍が一瞬、身を下げて黒龍を襲おうとした寸前に黒龍の巨体が正面に飛んだ。
紅龍を見る誰もがその美しさに心を惹かれるその顔に三本の鋭い爪が伸びた。
その瞬間、紅龍が消えた。
紅龍は目にも止まらぬ速さで真上に飛び、下り際に襲いかかってきた黒龍の頭を両手で掴み両足で顎を押さえ込んだ。
その時を待っていたかのように左右の青龍と黄龍が黒龍を襲い、腕の根元に鋼の牙を食い込ませた。
黒龍は機敏さでは三匹の龍に勝てない。
三匹の龍の倍はあるその身を犠牲にして引き寄せた。
黒龍は身体を曲げてその尾を紅龍の首に巻きつけて自らの顔の鱗が引き裂かれるのをものともせずに紅龍の身体を下にずりずりと引き寄せる。噛ませたままの黒龍の前足が紅龍の身体を捕らえて背後から押さえ込んだ。黒龍の舌が伸び、紅龍の身体を舐めまわし黒いタールのようなぬるぬるとした涎が紅龍の股間にまとわりつく。何とか逃れようとする紅龍の脚に黒龍の脚が絡められ、巨大なペニスが押し当てられようとしている。
交尾をされると紅龍は黒龍と変態する。
紅龍が鳴いた。その鳴声が天空に響き渡る。
紅龍が突き立てられようとした時、東方から目にも止まらぬ速さで巨大な竜巻が襲ってきた。
その中心に龍がいた。
白く輝く光りを放つ龍だった。
白龍が口を開くとそこから光りの矢が放たれ、黒龍の目に深く突き刺さった。
黒龍は紅龍をつき放して白龍に怒りの目を向けた。